標本収集から維持管理に至る作業の行程

 牧野標本館における標本の収集から保存にいたる作業の工程は、おおむね以下のような手順で行われています。

I. 採集

 材料・目的に応じて、適切な方法で植物を採集します。ただし、植物の生育環境を破壊したり、希少種を絶滅に導くような行為は慎まなければなりません。

II. 乾燥・殺虫

(1)採取した植物を新聞紙に挟んで、吸水紙を交互に重ね、重しをのせて一晩プレスします。

 

(2)折れ曲がった葉などを広げて整形し、吸水紙を交換し、再び重しをのせてさらに一晩プレスします。

 

(3)吸水紙をはずし、段ボール紙と標本(新聞紙に挟まれた状態)を交互に重ねます。最後に上下を板(ベニヤ板、金属板、野冊等)で挟み、ゴム紐などをきつく巻いてプレスした状態で、送風乾燥機内(約60℃)で乾燥させます(1〜2晩程度)。段ボール紙の隙間を温風が通り抜けることで、標本を素早く乾燥させることができます。乾燥機を使わずに、吸水紙(新聞紙で代用可)を毎日交換して乾燥させることも可能ですが、その場合もしっかりプレスして素早く乾燥させることが美しい標本を作製するこつです。

 

(4)乾燥後、段ボール紙をはずし、新聞紙に挟んだままの状態でビニール袋に入れて完全に密閉し、冷凍庫(-20〜-30℃)に3日以上ストックします。乾燥標本を冷凍処理することによって、標本にダメージを与えることなく、標本を食い荒らす害虫やその卵を駆除することができます。害虫は標本の大敵であり、少しでも油断すると外部から虫が進入してきて、貴重な標本があっという間に粉々にされてしまうことがあるため、常に注意を払い続ける必要があります。

III. ラベル作成、同定、受入

 ラベルは標本の学術的価値を決定する最も重要なものであり、原則として採集者によって作成・記入されます(当館に寄贈された牧野標本は、データが記入された新聞紙に挟まれただけの未整理状態で保管されていたため、標本を一枚一枚同定してラベルを新たに作成し、台紙にマウントするという作業が長い年月にわたって行われてきました)。未同定の場合も、採集地・採取年月日・採集者などの情報が記入されたラベルを必ず作成して、標本とともに挟んでおきます。最近導入された当館のラベル作成システムは、データベース入力の手間を省くため、ラベル作成時に入力した情報をコンピュータのデータベースファイルに直接読み込むことができるようになっています。

IV. 仮保管、選別、交換・寄贈

 台紙にマウントされるまでの間、一時的に標本館内に仮保管します。重複品がある場合はこれを選別してストックし、随時、交換・寄贈標本として国内外の標本館に発送します。標本台紙の規格が標本館によって異なるため、交換・寄贈用標本は台紙にマウントせずに、ラベルとともに新聞紙に挟まれた状態で送ります。

V. マウント

 標本館に所蔵する標本をラベルとともに台紙にマウントします。ラベルは糊(またはアラビアゴム末)を水で溶いたものを刷毛で塗って台紙に貼り付けます。標本は台紙にバランス良く配置してマウント用テープで貼り付け、太い枝などは凧糸と縫い針を用いて台紙に結びつけます。セロテープははがれたり汚れが目立つなど、標本のマウントには不適です。小さな葉や花、果実、種子などが分離してしまった場合は、紙を折り曲げて作ったポケットに入れ、台紙に貼り付けておきます。

VI. 登録

 標本台紙に標本番号(牧野標本館の連続番号)を記入し、ラベル情報を標本台帳に登録します。かつて当館では標本台帳の代わりにパンチカード形式でラベル情報を登録してきましたが、現在ではこれに代えて直接コンピュータにデータ入力しています。

VII. 収蔵標本棚

 標本棚に収蔵する前に、マウント済みの標本を再び冷凍保存して殺虫し、標本館に害虫を持ち込まないようにします。標本を分類群ごとに仕分けして、標本カバーに挟んで標本棚に入れます。
 虫害およびカビ予防のため、当館では年2回(春と秋)の薫蒸を行い、さらに常時防虫剤(ナフタリン)を標本棚に添加しています。標本館内は空調機により室温20℃、湿度60%前後に保たれています。
 収蔵された標本は随時閲覧することが可能となり、国内外の標本館からの依頼に応じて貸出も行っています。なお、標本の閲覧は教育・研究目的に限られ、事前に管理者の許可を得ることが必要です。また、原則として個人への貸出はしません。

 

 

参考資料

瀬戸剛(1973)「種子(顕花)植物・シダ植物」. 『自然史博物館の収集活動(柴田敏隆・太田正道・日浦勇編)』. 日本博物館協会