プロジェクト概要


総研大プロジェクト(1997-2002)とは...

牧野標本館に所蔵されたシーボルト標本の画像データベースは総研大プロジェクト(総合研究大学院大学共同研究)「国際協力を視野に入れた広域分散型画像データベースの構築」(2000-2002)の1課題として2000年にスタートしました。

2001年11月に行われた「国際協力を視野に入れた広域分散型画像データベースの構築」参加者の会合(逗子市総研大キャンパスにて)

総研大の第一期のプロジェクトである「生物形態資料画像データベースの構築」(1997-1999)において「牧野タイプ標本カラー画像データベース」を完成し、ようやく植物標本の画像データベースが世に認められ、次なる課題への挑戦意欲が湧いてきた時期でした。

牧野タイプ標本・牧野シーボルト標本、両画像データベースは、基本的にそのバックボーンとして走っている「牧野標本館標本データベースプロジェクト」(日本学術振興会・科学研究費補助金[研究成果公開促進費],2001-2003)の一部として、一般の方にも興味を持って頂けるように解説文をつけCDーROMで配布可能なデータベースの作成を目指しています。「研究用データベースならば、単に標本のラベル情報をデータベース化すれば良い」、と言う当時の時代背景においては、いちいち標本画像を撮影したり、解説文を作ったり、使いやすいリンクを満載したWebページを構築したりと言った作業は、研究と言うよりは「雑用」として評価されにくい部分でありました。

しかし、上記の総研大プロジェクトで完成されたデータベース(日本産アリ類データベース原生生物情報サーバ海棲哺乳類ストランディング情報データベースアサガオ類 画像データべース哺乳類頭蓋データベース牧野標本館所蔵タイプ標本データベース日本産ハナバチ類画像データベース )は、全て形態画像に主眼を置き、一般の人に使いやすいデータベースの構築を目指しています。結果として、既に公開されたそれぞれのデータベースは、多く方々からののアクセスを集めています。また、それらの一部はそのまま将来の生物データベースプロジェクトに発展しながら、未だに各分野で最先端として評価されています。そして、今回新たに「牧野シーボルト標本データベース」が完成した事になります。

つまり、「牧野シーボルト標本データベース」は、新しい生物形態画像データベースを目指した総研大プロジェクトの申し子であり、一般のユーザーを対象として専門家の手で作られた数少ない生物形態画像データベースの一つなのです。

生物形態画像データベース

生物学、あるいは自然史科学、分類学と言った分野は生物の形態と密接な関係に有り、その形態の記載なくして生物種の特性を記述する事は不可能です。太古の時代に描かれた壁画を見ると、人類は生物との関わりを記録するため、その形態をスケッチとして残してきたことが判ります。更に紙が使われるようになると、スケッチに記述的描写を添付した図鑑を編纂しました。しかし現代では、特に分類学の分野で、記載をできるだけ正確にするために、長さや形をできるだけ客観化した文章で記載する手法を重んじ、その結果としてでき上がった分類チェックシートは、専門用語が判らないと利用できない物になってしまっています。その一方で、希少種まで掲載した一般向けの図鑑は商業的に成り立たない事も有り、殆ど発行されていません。また、発行されたとしても数十年に一回程度の改訂スピードで、最新の分類学的な知見に一般人がアクセスする事は不可能に近い状態でした。この不都合は、一般の人のみならず分類学を学術的に利用している他分野の研究者にとっても深刻な問題となっていました。

総研大プロジェクトの元となり、当時遺伝研に勤務されていた今井弘民先生が率いた「日本アリ類データベースグループ」は、最新の分類学的な知見と高解像度の形態画像をデータベース化しインターネットを通じて公開する活動を1993年から開始し、その方針を「21世紀の系統分類学への提言−日本産アリ類データベースの目的とその分類学的意味−」(1994)としてまとめました。その後登場してくる、総研大プロジェクトのデータベースの基本的な哲学はこの文章に凝縮されています。つまり、貴重な生物標本、有益な分類学的知見を、インターネットを通じて低コスト、高解像度で公開しようと言う活動です。

2004年現在、未だ非専門家(分類学者を除く研究者も含む)まで対象とした分類データベースが浸透したとは言えません。一方、専門家を対処としたデータベースで形態画像を伴った物が、少しずつ作られ始めています。画像さえ有れば、ある程度専門外の人間が見ても想像がつく事を考えれば、以前の文字中心の状況からは一歩進んだと言えるでしょう。

専門家が、標本画像の提供を渋る点は、画像データベース構築にかかる手間もさる事ながら、専門家レベルでは画像が決定的な役目を成さない事が理由として挙げられてきました。つまり、分類家の同定作業においては、実際の標本を前にして、様々な問題意識を持ちながら様々な角度から標本を検証する必要が有り、数枚の画像程度では役に立たないと言う理由です。しかし、標本が公の物であるならば、それを一般に公開することはそれ自体意味深い事ですし、例え専門家にとってもその標本の保存状態が判るだけでも意味を持つものと考えます。

牧野シーボルト標本データベースでは、基本的に標本の外観を示す画像を主としてまとめました。従って、画像から詳細を調べ種の同定をする事は難しいかも知れません。しかし、今から150年以上前に作られた標本の外観を簡単に見る事ができるデータベースは、同定以外の目的においては必ず役に立つものと信じています。

今後、画像の撮影技術の進歩で、標本の詳細部位を立体的に表現する技術などが実現して行くものと考えられます。そのとき、新たな画像が追加されれば、更に高いレベルでのデータベースへと発展して行くことが可能でしょう。そのための、基礎としても、現在既に有る標本の外観を画像データベース化する作業は重要な意味を持っているのです。

標本に関する歴史学的解説

牧野シーボルト標本データベースで新たに採用された方式は、一般の方を対象としてシーボルト標本の歴史学的解説を加えた点です。これは、本データベース作成グループの加藤 僖重(獨協大学 外国語学部)が長年の研究テーマとして調査してきた成果の一部です。その意味では、この標本データベースでは「歴史学者」も利用者の筆頭におかれている事になります。このように、データベース化された情報は、様々な学術活動の素材として活用される事になります。まさに、分類学、自然史科学が広い裾野を持つ学問である事を実感させてくれます。本データベースを世に送り出すにあたって、これが分類学の専門家にとどまらず多くの非専門家の方々に利用され、更にそれが現代の分類学者を触発して、分類学の裾野を広げる活動へと広がってくれたら幸いだと思います。

牧野シーボルトデータベース作成グループ

木原 章(法政大学・自然科学センター)

2004.2.23


著作:牧野シーボルト標本データベース作製グループ 2004年