シーボルトが残した資料整理紙


牧野標本館所蔵のシーボルトコレクション2,500余点の植物標本中に、シーボルト自身が標本整理のために作成した資料整理紙(データペーパー)が添えられた標本が350点以上あります。この資料整理紙は、たくさんのシーボルトコレクションを所蔵しているオランダのライデン市にある国立植物標本館でも一枚も所蔵していないものです。

シーボルトは入手した植物の持つ様々な情報を整理するために、種ごとに整理紙を作成していたようです。整理紙は和紙なので、それらのほとんどはシーボルトが日本に滞在していた間に標本ごとに作成し、帰国後も研究が進むにしたがって自宅の書斎で加筆していたと思われます。

整理紙は縦34cm横24cm、縦横の線によって2列9個の升に仕切られています(右写真)。右列最上の第I番目の枡には和名、II番目の枡には学名が、左列最上の第X番目の枡には漢名が記されていることはすぐに分りますが、他の枡は何であるか、さらにその枡に書き込まれているいろいろな記号は何を意味しているかは、いくら整理紙を見ていてもわかりませんでした。

熊本大学の山口隆男博士より送られてきた、東洋文庫から入手したシーボルトの暗号解読表とも呼ぶべき手書きの表『Descriptiones plantarum in Japonia collectarum Clavis』(左写真)によって、各枡の内容や書き込まれている記号の意味がある程度分かってきました。すなわち、それには整理紙の各枡目に記された記号の意味がラテン語で記されていたのです。これによって、シーボルトが広い枡目18個に右上から順にローマ数字(I, II, III, IV・・・XVIII)をふっていたことがわかったのです。

この表から右上第一番目の枡I は和名を、二番目の枡IIは学名を、三番目の枡IIIは中国本草学での分類体系を意味し、その枡目内のAは草本類、Bは粒状(果実、種子などの形態)、Cは味覚、Dは果実、Eは樹木類を示していることが分かってきました。さらに順にIVは産地、V、VIは外国産地、VIIは生育地、VIIIは生育型(一年草、二年草、多年草など)、IX は花期、Xは漢名、XIは食用、XIIは工業用、XIIIは薬用、XIVは内服薬、XVは外用薬、XVIは有毒植物、XVIIは生薬利用の目安、XVIIIは副花冠をもつもの、を意味していること、そしてこれまで不明であった各枡目に記された記号、アルファベットあるいはアラビア数字の意味もこの表を頼りにすれば理解可能なことがわかり、ようやく整理紙の内容が理解できるようになったのです。しかし、書き込まれている記号は読みにくく、判読不能の単語も多々あり、内容も多岐にわたっており、いまだに全てを理解するには至っていません。

これらのデータペーパーはまさに当時の植物情報データベースであり、コンピュータが発明されるはるか以前にシーボルトが作成していたのです。


著作権:牧野標本館、2004